まみずハルカの大学生ブログ

私の日常もあなたの非日常。頭は理系、心は文系の九大生が送る。持論という名の暴論。

【雑談】先生の顔思い出しゲーム

こんにちは、まみずハルカです。

最近、昔のことをふと思い出すことが多くなった気がします。その一つについて、書こうと思います。

 

夜布団に入った時、中高の校舎が頭に駆け巡りました。私は中高一貫校だったので6年間過ごしていた校舎です。大学の4年間一度もこの建物を思い出すことがなかったのですが、急に記憶が蘇ったのです。(大学生活と就職の狭間にいるからでしょうか)

 

校舎内の廊下を想像し、VRのように段階的に部屋に入って行きます。そして、当時の情景とリンクさせておきます。考えれば考えるほど鮮明になってゆき、目を瞑りながら一人で「懐かしー↑」と何度も声を上げていました笑

私の性格上あまり過去を振り返らないので、これがとても新鮮な体験でした。卒業アルバムは一応同じ屋根の下にありますが、全く開けていませんでした。

話を戻しますが、一通り思い出せるだけの空間をイメージした後、次のフェーズに移ります。

「先生を思い出せるだけ思い出そう」というゲームを始めました。(何やってるだか笑)

自分の担任や比較的好きだった理科の先生方はすぐ思い出せます。しかし、短期間だけ教わった先生などは印象が薄くは思い出すのに苦労しました。しかし、時間をかけるとぽつりぽつりと顔が思い浮かぶのです。一番、感動したのは一度も授業を受けたことのない先生です。委員会か何かで数回しか顔を合わせていないような先生を思い出したのです。思い出しても何の得にもなりませんが、アハ体験なみの爽快感を得ました。(大げさではないです)

 

ふと、私のことを覚えている先生はほとんどいないだろうなと改めて思いました。私に限らず、先生一人に対して毎年たくさんの生徒に出会う訳だから、生徒一人当たりの記憶のキャパと比重は自ずと低くなるはずです。こと、「顔に特徴がなく、覚えられにくい」自称スパイ顔の私を現在まで記憶するのは至難の技でしょう。となると、生徒と先生の関係というのは非対称性を持ちますね。基本的に、生徒は「教えられる立場」で先生は「教える立場」です。1人:30人という構成はやはり違和感があります。たとえ、先生生徒間でお互いに尊敬の念を持っていたとて、壁は確実にあります。

 

また教育の話になってしまいましたが、「学び」はフェアである必要があると私は思っています。つまり、学ぶものと学ばれるもの(知識など)は対等なのです。先生が講義する授業はいわば、先生のスピード話し方教え方の押し付け他なりません。フェアな学びとは思えません。誰もが「この授業は意味がない」と斜に構えていた時期があると思いますが、私はずっとそして今も当時を思い出しては「時間の搾取」だったなと思います。(あくまで「学」の話であって「学校生活」の話ではありません)

 

当時の私は、先生の授業をほとんど聞いていませんでした。しかし、居眠りをするような反抗的な生徒でもなかったので授業中は頭を空っぽにして黒板を眺めたり、気分が乗っている時は教科書を読んでいました。教科書というのはとても合理的に話を展開し、読むだけで学びがスムーズになるアイテムです。(コラムも多い)

 

教科書と問題集だけで授業は十分だと私は思っていました。プラスアルファの話は本で補ったほうが効率的ですよね。とまあ、このように当時も考えていました。私がやっていたのは、とてもフェアな学びだったなと思います。

 

授業は効率だけ考えるとあれですが、その時間を拘束されることで「一切学びをしないよりはマシ」の状態は作れるので良い悪いを一概には言えないかもしれません。自分の意志で知的な学びをするのは確かに難しいよなとも思います。私も授業中ぼーっとする時間があったから、教科書の偉大さに気づいたし、椅子に長時間腰掛ける修行を修行と感じなくなる精神力が身についたのかもしれません。あー、夜中にやっていた「先生思い出しゲーム」の話から外れて教育論講じてしまった。

 

では、また〜

完璧主義について考察する

こんにちは、まみずハルカです。

 

物事を細部まできっちりやり遂げないと気が済まない人を完璧主義者と言います。いわゆる、几帳面な人やA型の人のイメージです。

私は、自分のことを完璧主義者だと思ったことは一度もありませんでした。むしろ、細かいことは気にせず大枠を掴む「スピード重視型」の人間だと思っていました。しかし、最近自分は完璧主義者なのではないかという境地に達したのでその話をしようと思います。

 

完璧主義という言葉はとても曖昧です。なにをもって完璧とするのか指標はありません。テストの点数など数値化された場合、100が完璧の状態であることは分かります。しかし、日常生活で自分の行動が数値化され視覚化されることは稀有ですよね。つまり、人が感じる「完璧」とは人によってバラバラなのです。

 

年齢を重ねるにつれ、自由度の高いタスクが増えてきます。例えば、大学の課題。正解の存在はなく、自分の入れ込み具合で課題の質が左右します。ここで、「完璧」の状態は誰も分かりません。では、完璧主義者はどう行動するのでしょうか。完璧主義者は「成果物に対して完璧だと思いたい」という心理が働きます。そのためには、自分で明確な合格ラインを見出します。そして、その合格ラインを超えた時安心するのです。

私の場合、その合格ラインは「目に見えて完璧主義者」の人より低いと思います。そのため、成果物や私の行動を見ても、私は完璧主義者に見られません。しかし、確かに合格ラインは存在しているのです。

 

ここで、その課題を出した全ての人は各々の合格ラインを持っているのではないかという疑問が浮上します。しかし、この合格ラインは完璧主義者のものと性質が異なっています。その違いはストレスの大小なのです。完璧主義者は完璧ではない状態に対して、高いストレスを感じます。私は、自分の合格ラインに達していないものに対してストレスを感じるのです。だから、できるだけ早くストレスを取り除きたいという思いから早急に物事に取り組むのです。私の場合、合格ラインが低めなので短い時間で完成させることができます。

 

私が「締め切り」というものが苦手なのも完璧主義だからなのかもしれません。手をつけてない未完成のものがあるというストレスが発生するのです。だから、私はほとんどの場合〆切の日を提示された後できるだけ早く物事に取り掛かり完成させるのです。そこにあるのは、「〆切までに終わらせなければ」という焦燥感ではなく「ストレス状態を打開したいという」焦燥感なのです。

 

話は変わりますが、私は自分の性格などをネットで検索して調べる癖があります。そこで、「緊張しやすい人の特徴」を調べたことがありました。そこの項目の一つに「完璧主義」というのがあったのです。(たしか、別の用語で調べた時にもこの特徴がでてきた)その時は、「真逆やん・・・」と思っていましたが、時間が経った今、自分なりに「完璧」の定義を理解したのです。そして、隠れ完璧主義者という認識をしました。

 

「人は年齢を重ねて振る舞いが変わっても気質や性格は変わらない」という通説があるが、認識の仕方で逆の性格になりうるのは興味深かったです。

 

これを読んでいる完璧主義者さんも実はズボラで、適当人間は超繊細さんなのかもしれませんね。

 

 

では、また〜

鹿児島旅行記ー2019夏ー

こんにちは、まみずハルカです。今回は、鹿児島旅行記を書きます。

 

 

鹿児島旅行をした。福岡から車で3時間。

 

まず、最初に行ったのは知覧特攻博物館。終戦記念日にこの場所を訪れるのは趣深い。そこで、スタッフの語りがあった。具体的な人のエピソードが多数紹介された。特攻隊に行ったのは、私よりも幼い20歳前後の人だ。それぞれ背景があり、愛を経って戦争に出向いたのだなと思った。ここでは、たくさんの遺書が展示されていた。しかし、どの遺書もネガティブなことは書かれていなかった。家族が悲しまないように、それを包み隠していたのかもしれない。または、遺書さえも管理の目が通されてしまっているから、自由に書けなかったのかもしれない。文章が短いものも多く、中身は同じようなものが多いなと感じた。表現や言論の自由が許されない時代、多様性はご法度だったのだろう。今の私なら、このような遺書を書かないと一瞬考えたが、時代背景生きていた環境が当時の若者をそうさせたのだなと考え直した。また、飛行機(?)に兵隊がひとりで乗るというのは知らなかった。飛び石作戦(?)で相手の戦艦にできるだけ多く突撃させるにはその方が得策だったのだろう。国に言われるがままに自分の生き方が決められてしまうのはやるせないだろうなと思った。戦争を直に経験していないので浅いことしか書けない。

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知覧特攻博物館

 

次に、近くの英国紅茶館?へ行った。そこで、なぜ英国趣味のカフェがあったのかわからないが有名らしいので入った。本物のロンドンバスが店前に飾られていて中に入ることもできた。なかは英国趣味の土産物が所狭しと並んでいた。その奥がカフェスペースとなっていた。スコーンセットを頼み、種類豊富な紅茶の中から、私はキーマン(燻した味)を注文しした。出てきたカップはメルヘンなものだった。味は薄めで、キーマンの正直燻された味は感じられなかった。ミルクは無脂肪牛乳。スコーンは冷蔵庫保存したものをオーブンで焼いたと推定。ジャムは市販のもの(アオハタでない砂糖多めのもの)窓から見える川を観ながらゆっくりと満喫。外にある、雨ざらしティーポットとカップがとても気になった。

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英国紅茶館

 

次にホテルのある指宿に行った。指宿は鹿児島県の端の半島で、大隅半島ではない方である。指宿海上ホテルに宿泊。残念ながら、部屋から海が見える部屋ではなかったが、海に隣接してあるホテルだった。プールや砂風呂(有料)が利用できる。

 

次の日は指宿をドライブした。開聞岳という山を観た。開聞岳は、左右対称な形で富士山の小さいバージョンの風貌をしていた。

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開門岳


その後、長崎鼻という半島の先へ行き、綺麗な海を眺めた。青々した海で、とても心地よかった。そこで、篤姫?(香りよく、甘め)という焼酎を買った。昨日買った薩摩維新の方が美味しかった。

そして、砂風呂に入った。海の浜ではなく、タープの下での砂風呂だった。想像以上に砂が重く、圧迫感があった。私は苦手だなと思った。温度はちょうど

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長崎鼻にあった竜宮城(?

良かったが、途中でかかとが熱くなりスタッフに砂を掛け直してもらった。15分くらい入ったが、じわりじわりと額から汗が出るのを感じた。スタッフが写真を撮ってくれるのは良いサービスだなと思った。風呂が終わると泥を落とし簡単に湯船に浸かる。石鹸などはないため、そこはあくまでも泥を落とす程度である。風呂を上がった後、地熱で蒸されたサツマイモを食べた。

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地熱蒸しサツマイモ

その後、砂風呂とセットで購入したチケットでたまて箱温泉へ行った。正直、十分砂風呂で火照ったのだがすぐに入りに行った。たまて箱温泉はとても感動した。なぜなら、私が今まで入った温泉の中で一番良かったからだ。私は温泉好きであるため、数多の温泉に入ってきたのだが、ここ程綺麗な景色を眺めながら入れる露天風呂はあったことがなかった。景色とお風呂を仕切るガラスもなければ柵もない。お風呂の先に海が臨めるような作りになっている。地平線まで広がる壮大な空間と鹿児島の半島を味わうことができる。心の中で、「幸せだな〜」と呟くほど最高の絶景だった。夜ご飯は前日から目をつけていた鰻屋うな重を食べた。タレの味が甘すぎず、とても美味しかった。

 

その次の日、半島の先から車ごとフェリーに乗って桜島に行った。桜島は前回行った時にも行ったのだが、その時は天気が悪く見晴らしが悪かった記憶がある。この日は、天気が良かったが靄がかかっていた。桜島をドライブしたり、火山博物館をみたりした。自然が豊かな場所のドライブは目の保養である。何時間でも、景色を見ていられるほど良い時間だった。そして、桜島から再びフェリーに乗り鹿児島中央付近へ降り立った。その後は懐かしの西郷隆盛像を拝み人吉の温泉に行った。レトロな建物の中にはレトロなグッツがたくさんあり良い雰囲気だった。そこで、貸切状態の温泉を味わった。

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人吉の温泉

その後、車を走らせこの旅二度目の鰻を食べたあと、家路に着いた。

以上が鹿児島のマイナー旅の記録だ。

下関旅行記ー2019秋ー

 

こんにちは、まみずハルカです。下関へ行って来たので旅行記を書きます。

 

 

下関に行こうと思ったのは、福岡を離れるのがちゃくちゃくと近づいて来ていて行きたい所は全部行っておきたかったからだ。(関東などから山口へ行くのはなかなか大変だろう。)

下関で一番行きたかった所は、唐戸市場だ。博多からJRで門司港まで行き、フェリーに乗って下関の港へ着いた。その足で、唐戸市場へ向かった。その日は祝日だったこともあり、人が溢れかえっていた。フグや刺身を期待して行ったのだが、多くの店がお寿司を売っていた。そして、観光客は争うようにお寿司を買い求めていた。天邪鬼な私は、お寿司は買わない。そこでは、ふぐ汁とフグの唐揚げを食べた。フグの身は淡白な味がする。だから、フグ汁の甘い味噌や唐揚げの油は相性が良いと思った。

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唐戸市場

唐戸市場の人気にやられ、次に赤間神宮へ。ウソみたいな赤い建物は、リアル竜宮城のようだった。神宮からは、関門海峡を臨むことができ、眺めがとてもよかった。そして、同じ場所で「耳なし芳一」が祀られている所があった。そこにあった像の顔が秀逸だなと思った。源氏と平家については、昔見た大河ドラマの知識くらいしかないのだが、安徳天皇が抱えられて海へ落ちていくシーンは今でも記憶にある。その周辺地域はあの「壇ノ浦」である。電信柱に書かれている住所が「壇ノ浦」となっているのを見て、不思議な気持ちになった。「壇ノ浦在住」と一度言ってみたい。(いかつい)壇ノ浦の海岸から、関門海峡を眺めて、しばらく黄昏た。

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壇ノ浦から見た関門海峡

その後、定食屋でふぐ刺しとふぐ丼を食べた。淡白な味がして、ポン酢と辛めの紅葉おろしに合っていた。

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ふぐ丼とふぐ刺し

日帰りの旅だったので、基本的に港近くを歩いた。下関は古い建物がいくつか合った。一番気に入ったのは、外見は洋館で中身が和室の「旧秋田商会ビル」だ。昔から異人館などの綺麗な建物が好きなのだが、決まって「いつかこんな所に住みたい」と思ってしまう。和洋折衷でレトロな建物は趣があるなと思った。

夕方になり、フェリーで門司港まで戻った。

門司港は小さい頃、一度行ったことがあったが記憶があいまいだったのでもう一度行ってみたいと思っていた。だから、この機会に街歩きをした。門司港カレーが有名らしいので、30分ほど並んで焼きカレーを食べた。(食べ物で並ぶのは私にしてはめづらしい)普通のカレーより、水分が飛ばされていて濃厚だった。門司港も下関のようにレトロな建物が多く見ているだけで楽しかった。最後に、シベリアとコーヒーをいただき、帰路についた。

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シベリア

では、また〜 

沖縄旅行記ー2019夏ー

こんにちは、まみずハルカです。今回は、今年の夏に行った沖縄についての旅行記を綴ろうと思います。

 

沖縄は、2回目だった。1回目は、修学旅行で首里城美ら海水族館ひめゆりの塔へ行った記憶がある。正直、時間が経っているのでなので記憶が曖昧だが、主要な観光地を巡ったり、戦争について学ぶことがメインだった。

 

そして、7年ぶりに沖縄に行って来た。

今回の旅の目的は、シュノーケリングをして沖縄料理を食べることだった。

1日目。ゆいレールで県庁前へ移動し、荷物を預け国際通りへ。沖縄は観光都市だけあり、土産物屋がたくさんあった。(小学校の頃、沖縄県民の大半がサービス業に従事していることを習ったな。)紅芋タルトやオリオンビールグッツや泡盛や沖縄ガラスなどのお土産が並んであった。

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国際通り


メインストリートから脇道にそれ、地元民行きつけっぽいお店に入りソーキそばを食べた。唐辛子とお酒の入った調味料をたっぷりかけると味に深みが増し、とても美味しかった。その後、陶器を売っている通りを歩いた。そこには、魚の絵の書かれたお皿や、様々な種類のシーサーが売られていた。シーサーは買うつもりがなかったが、シーサーの壁掛けは少し欲しくなった。(買わなかった)そして、予てから気になっていた「ぶくぶく茶」を飲んだ。名前とその見た目から飲んでみたくなったのだ。綿菓子のような見た目のお茶で、

味は玄米茶だった。泡の部分は別であわ立てた後、お茶に乗せるらしい。見た目の華やかさの割に、素朴な味わいだった。(それとともに、紅芋アイスを食べた。)

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ぶくぶく茶

街を散々歩いた。どの家の屋根にもいるシーサーを見上げたり、沖縄地方の独特の建物を観察した。同じ日本でも、街並みがかなり違うので外国(東南アジア)にいる気分になった。

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屋根のシーサー

その日の夜は、島唄を演奏してくれる居酒屋に入った。短い時間しか聞くことができなかったが、「お酒を飲みながら、楽しく過ごす」という沖縄の文化を体感することができた。そこでは、オリオンビール・島らっきょう・カラーフィッシュの唐揚げ(名前忘れた)・天ぷらの盛り合わせ(沖縄のものは生地が多い?)を食べた。さらっとした味わいのオリオンビールは沖縄の暑い気候にあっているなと感じた。どれも美味しかった。

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夜ご飯

翌日。その日のメインイベントはシュノーケリングだ。

ホテルから港まで歩き、朝ごはんは港近くの魚市場で食べることにした。新鮮な刺身や寿司が安く売っており、朝から豪華になってしまった。刺身でお腹いっぱいになる幸せを味わった。(気に入ったので、次の日も行くこととなる笑)

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豪華な朝ごはん

泊港からフェリーに乗り、渡嘉敷島へ。海の色はエメラルドグリーン。その名の通り、緑がかった色をしていてとても綺麗だった。

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渡嘉敷島の海


渡嘉敷島ではもずくが入ったそばを食べた後、シュノーケリングをした。ウェットスーツやシュノーケルを来ていざ海へ。船で、魚がいるスポット(岩場)へ行きガイドさんの指示のもと海へ入った。シュノーケリング初心者だったため、浮き輪に捕まって進んでいった。シュノーケルをする時は、口呼吸だけなので少し不安だったがやっていくうちに慣れた。水中はとても綺麗だった。水族館でしか見たことのなかったクマノミや沖縄特有のカラフルフィッシュを鑑賞することができた。目の前にキビナゴが泳いでいるのを体感するのはとても新鮮だった。沖縄の海は透明度が高く、海の底まで目視することができた。泳ぐうちに、フィン(足ひれ)を使い慣れ一人で泳ぐことができるようになった。一人で美しい海底を見ながら、浮くのはとても幻想的な気分になった。シュノーケリングの魅力の詳細は別記事で書いたので、そちらをご覧ください。↓

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 数時間シュノーケリングを楽しんだ後、渡嘉敷島に戻り、海岸で泳いだ。そこには、魚はいなかったがやはり水が透き通ってとても気持ちよかった。

その日、ちょっとしたトラブルが起こり晩御飯はスーパーで買ったもので済ませた。詳細は別記事にあります。↓

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そんなこんなで沖縄旅行を無事(?)終えました。

島の良さはやはり、豊かな自然だなと感じました。

また、たくさんの島を巡りシュノーケリングを楽しみたいと思います。

 

 

では、また〜

p.s. この時に、首里城を見納めればよかった!

文春新書30冊読んだから書評してみた

 こんにちは、まみずハルカです。私は新書を読むのが好きです。その魅力は以前記事にも書きましたが、「その道の権威の人が事実と熱意を持って描いている場合が多い」からです。(詳しくはこちら↓↓)

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今回は「文春新書」に絞って、簡単に書評していきたいと思います。始めに言っておきますが、偏見まみれです。今の私が良いと思ったものを評価するので、人によっては反論があるとは思いますが悪しからず。そこらの小娘が吹聴しているとでも思ってください。

また、この30冊はタイトルを見て、面白そうと思って読んだものなのでタイトルだけの偏差値は70です。では、読んだ順に紹介していきます。

(100点のものは、ぜひ読んで見てください^^)

 

1、マインドコントロール<100点>

日常のすべての行動がマインドコントールといっても過言ではないことがわかった。「マインドコントロール=悪いイメージ」だったが、うまく利用すれば生活が豊かになったり、なりたい自分になる近道かもしれないなと思った。

 

2、闇ウェブ<100点>

自分の知らないウェブ空間があることを知れた。本当に面白い。サイバー空間の脅威に気付かされた良い機会になった。ネットセキュリティのリテラシーが少し身についた気がする。

 

3、サイコパス<90点>

サイコパスの人の見分け方がわかった。自分の周りに必ずいるはずだが、「反社会的」に見える人はいないのでわかりにくいなと思った。これからは、注意深く見ていこうと思う。自分は緊張するタイプなので、サイコパスではないなと感じた。(よかったw)

 

4、日本人はなぜ株で損をするのか<3点>

つまらない授業を聞いている感覚になって途中で読むのをやめた。

 

5、中国人民解放軍の内幕<40点>

中国の軍事が少しわかった。

 

6、インターネット・ゲーム依存症ネトゲからスマホまで<100点>

医学的にネトゲ依存がわかって面白かった。刺激に慣れると、幸福感が下がる。少しの幸せを感じる感覚が鈍るから、ハマるのはよくないよな。

 

7、サイバー・テロ日米vs.中国<90点>

戦争は、ネットの世界での攻防に変わってきていることがわかった。結局、ネット経由で攻撃などの指令を出すから、その操作一つで現実へ大きく変化を及ぼしてしまう。恐ろしい。アナログが一番強いのでは笑

 

8、サバイバル宗教論<1点>

専門知識が必要で、私には理解できなかった。

 

9、帰宅恐怖症<1点>

私自身、結婚してないから共感できなかった。全体的にネガティブなワードが多く読んで疲れた。

 

10、告発児童相談所が子供を殺す<30点>

暗い気持ちになった。正論を書いているのだが、読むのが疲れた。児童相談所のあり方の改善は遅そうだからここでは働きたくないと思った。

 

11、スマホ廃人<50点>

とても興味深かったが、私自身はそこまで依存してないから役に立たないな….

 

12、退屈力<90点>

音読が脳の活性化に役立つことが分かった。実際、音読が今の私の習慣になった!そろそろ、文章の「型」が身につきてきたかな。

 

13、「意識高い系」の研究<100点>

「意識高い系」批判面白い。人間やっぱり、見栄張るのではなく本質を磨かないとだめだなと思った。

14、フェイクウェブ<90点>

ネット詐欺の具体例が面白い。フェイクの情報の方が拡散されやすいのは知らなかった。しかし、「フェイク」という言葉に違和感を覚えた。騙される側から見ればフェイクだが、騙す側またはその仕組みを知った者から見るとフェイクではないから。

 

15、さらば!サラリーマン<30点>

親や趣味などからヒントを得て起業する人が多いなと思った。私がやるとなると農業などはおそらくないので参考にはならなかった。事例が多くても自分に重なるものはないな。

 

16、人たらし<85点>

魅力的な人ったらしになりたい。特徴をつかんで真似てみようと思った。

途中から筆者の私的な話になってついていけなかった。

 

17、ヘイトスピーチ<60点>

私の周りにはヘイトスピーチはないから、知らない話が多かった。本文の中で、罵倒の文言が多用されすぎていて読むのが疲れる。

 

18、大人のジョーク<1点>

新書は本のサイズを指すことを改めて思った。くだらない下ネタポエム。ジョークはうまくもなんともない。

 

19、私が見た21の死刑判決<100点>

衝撃的だった。死が裁判によって確定する瞬間は、そこにいる全ての人がその意義を深く考えるのだろうなと思った。裁判傍聴に行こうと思った。

 

20、歌舞伎町・ヤバさの真相<3点>

思っていたのと違って、歌舞伎町の歴史的変遷が淡々と書かれていた。

 

21、「いい人に見られたい」症候群 代償的自己を生きる<100点>

人は誰しも二面性を持っているが、本当の自分と思っている方は実在がないことが理解できた。よく、自己開示が親密性を高めるとあるがそれは代償的自己を内面の自分に近づけることによるのだなと腑に落ちた。見られている自分こそ本当の自分であることを肝に命じて、心が一致した行動をいようと改心した。とても良い本。また、人を敬遠するのは目の前の人との関係を深めるのを逃げる行為であることがわかり、改心した。この本は、家に一冊置いて置いても良いなと思った。

 

22、天才と発達障害<100点>

自分が天才かもと思う時期があったが、私はADHDASDの特徴が見られないのでやはり違うなと思った。しかし、天才は精神病質?が見られるらしくそこだけは共通しているかもしれない。日本の学校教育や会社のあり方が天才にとって生きにくいというのは多いに納得できる。バランスや中庸を重んじるような非多様性な日本に嫌気がさす。

 

23、会社員が消える 働き方の未来図<20点>

私が持っているITの知識で近未来で起こりうるだろうと想定できる見解がほとんどだった

 

24、売る力<90点>

セブンの経営本のようだった。お客様がこんなにも徹底されているのを知らなかったので、今度からコンビニで迷ったら、セブンを選ぼうと思った。一つ思ったことは、終始著者の成功例が書かれていて突拍子も無いアイデアはトップが言い出したすぐ始められるが、他の人が言ってもトップがノーと言ったら終わりなのではないかと思った。だから、この本は力を持った人あるいは、自分で起業したい人向けだなと思う。トップがいくら「弊社は新提案し続けてる」と言っても社長の思いつきを優秀な人材の技量で成立させているに過ぎないのではないかと思った。まあ、一つの母体に一人でも天才がいたらあとは、従順な努力家の凡人が会社を大きくしてくれるから釣り合いは取れているのだが。

 

25、坐る力<100点>

読みながら、どんどん読む姿勢が良くなるのがわかった笑 集中力の根源が坐る力にあることわかったから、椅子選びには慎重になろうと思った。引越しを機に自分にあったロッキングチェアを探そうかなと思う。

 

26、選ぶ力<5点>

著者が描きたいままに思ったままに書いている印象。「いろんな選ぶがあるねー」ということをひたすら書いているスタイル。

 

27、生きる悪知恵:正しくないけど役に立つ60のヒント<5点>

実行するのが難しいことばかり。ここに書かれていることを身につけて生きたいとは思えなかった。

 

28、平成人<25点>

10年前の平成について、筆者から見た平成が断片的に書かれているという印象。小見出しごとに繋がりがあまりないので読みにくかった。筆者と同じ時代に生きた人なら共感できるかも。

 

29、家族力×相談力<45点>

家族崩壊のプロセスや事例が淡々と書かれていた。実際どうすれば良いのか具体的な解決策があまり書かれていなかった。

 

30、さよなら、ストレス 誰にでもできる最新「ご機嫌メソッド」<55点>

ストレス対処法までの道のりが長かった。「ご機嫌メソッド」は、最後の3分の1程度。基本的に「意識すること」がストレス対処のメインなので、長期戦で体得しなければいけないことだなと思った。理屈としては当たり前のことが多く書かれていたが、それを実践し習慣化するのは一個人では難しいよな。

 

 

以上、1年以内に読んだ文春新書30冊でした。

適当に選んだ本でも、実際読んでみると想像と違っていたり、新たな興味が湧いてきたりと、面白いですよね。

今回は、「オススメの本」という括りではなく文春新書で括ってみました。

 

 

では、また〜

内定式に行って思ったこと

 こんにちは、まみずハルカです。

私事ですが先日、とうとう内定式に行ってきました

内定式にすると、正真正銘の「内定者」という身分になれるので、より現実的に来年の就職を感じることができますね。(脱内々定者の舞)

 

さて、

内定式に参加するまでは、どう「御社」と関わっていたのか書きます。

内定承諾書なるものを書いたのち、月1程度でイベントが行われていました。

だから、(私の住む)地域の内定者たちとは既に何度か会っている状態でした。そこで会話をすることによって「会社の雰囲気」がわかっていた気がしていました。

 

しかし東京の内定式に参加して、そのあとの懇親会で他の地域の内定者と話すと

「やっぱり地域性があるなー」と思いました。

九州の内定者たちは基本、優しく素直な感じの人が多いなという印象。安心しつつも、少しつまらなさを感じていたのが正直な思いでした。内定者を選ぶ面接官もだいたい同じなので、内定者の特徴が偏るのも無理はないと思います。

 

しかし、会社は営利組織であって仲良しごっこをしているだけでは利益はでません。私の中で「安定感のある状態」というのは憧れもありつつ、怖いのです。自分の成長が止まったり減速するのを恐れているからです。九州地区の内定者は「自分にとって」居心地の良い人が多いと思いました。居心地の良さに甘んじて、甘汁を吸って生きる方法がきっと「上手い」生き方なのだと思います。しかし、謎の向上心を持ってしまっている私は生き方が不器用と言えますね(大苦笑)

また、自分も同地区内定者勢と同じような性格気質だと面接官に認識されたんだなと思いました。それは、悪い意味ではありませんが自分が思っている自分と他人から見られた自分は結構違うものだなと気づきました。(あくまでもそのギャップに悲しくなっただけで、認識されたキャラに不満はありません。)

 

一方、他の地域の内定者のキャラクターは様々でした。(関西勢の体育会系なことよ)

その会社は転勤のある会社なので、時を経てその様々なキャラの人間が混ざり合っていくと考えることができます。だから、地域ごとに面接をするという手法はなかなか有効だなと思いました。嫌でも、面接官によって採用する学生の特徴は偏ると思うので、その偏りを利用して採用活動をするのはいいですね。(結果論かもしれませんが。)

 

内定式までは、理由のない憂鬱を感じていました。いわゆる、内定ブルーというやつかもしれません。このままゆるっと就職して、普通に頑張って仕事をして、ゆるっと退職して、ゆるっと死ぬのかなーっと漠然とした不安に駆られたのです。おそらく、どこの会社に行ってもこの不安は感じていただろうと思います。それは、「未来が見えないことの不安」ではなく「未来が見えることから来る不安」だと思います。誰でも、「予想できる未来」につまらなさを感じてしまうと思います。逆に言うと、誰でも未知なもののに対してある種の「ワクワク感」を持つと思います。内定式を経て、多様な人間と関わることでこの「ワクワク感」が刺激されたと思います。

多様性こそが、私の成長や創造性の根源だなと改めて感じました。

 

話を戻します。内定式が終わると、いよいよ勤務先の希望を提出して勤務先が決まります。どこになるか、ワクワクですね。遠い所に行きたいな。

 

では、また〜